親鸞聖人からの手紙 B信心の定まるとき往生また定まる―第一通
 
               武蔵野大学名誉教授 山 崎(やまざき)  龍 明(りゆうみよう)
 
ナレーター:  「親鸞聖人からの手紙」その第三回、「信心の定まるとき往生また定まる」、お話は武蔵野大学名誉教授の山崎龍明さんです。
 
山崎:  本日は、「親鸞聖人からの手紙」第三回目でございます。ご一緒に学んでまいりましょう。本日の主要テーマは、「信心の定まるとき往生また定まる」。これが主要なテーマでございます。これは親鸞聖人のお手紙の第一通にあります。親鸞聖人の教えは、「今ここでの救い」ということが中心になりますけれども、これは必ずしも未来を否定する、単純に未来を否定するものでもありません。今ここでの確かな生き方・救いが、未来の確かな生き方を約束する、そういう教えが親鸞聖人の教えの中心でした。救いの決定というのは、当時言われていたように、臨終でもなく、あるいは単なる未来世―未来の世の中ですね―でもないということを、現生(げんしよう)の救いとして示したのでした。この「現生」というのは、「今」ということであります。それは当時の浄土仏教の臨終の行儀を整えることによって、極楽に生まれて救われるという方向に対する、まさに独自な親鸞聖人の救済論、宗教論でした。一般には浄土仏教の基本は、「厭離穢土(おんりえど)、欣求浄土(ごんぐじようど)」と言われてまいりました。この土(ど)(娑婆)を厭(いと)い離れて、ひたすら極楽浄土を願うということですね。つまりこの「娑婆(しやば)」と言われるこの土、この現実を厭い捨てて、ひたすら極楽浄土を願い続けるというものです。仏教には、末法(まつぽう)思想というものがあります。これは「三時思想(さんじしそう)」三つの時間―というもので、これは仏教の歴史観といってもいいと思います。簡単に申しますと、それは三つの時代区分から成り立っています。
 
一、「正法(しようぼう)の時代」―釈尊が入滅―亡くなられてから一○○○年〈五○○年という説もあります〉までの時代。この時代はブッダの教えもそれを修行する人も、あるいはそれによって確かな悟りを得る人がいる。
二、「像法(ぞうぼう)の時代」―釈尊入滅後一○○一年から、二○○○年までの間。この時代は、釈尊の教えと、そして修行する人がいますが、悟りを得ることが極めて困難であるという時代。
三、「末法(まつぽう)の時代」―釈尊入滅後二○○一年からおよそ一万年までの間。この時代は、教えはあるんですが、それを行う人もまったく居ないと言われる時代。
 
この三つの時代を指して「正像末(しようぞうまつ)の三時思想」こういうふうにいうわけであります。これは主に中国仏教において発達した思想でありまして―年数につきましては、若干今申しましたが異説があります。この末法思想という思想は、釈尊(B.C.463-383)が入滅されてから遙か時代を経てから生まれてきた人々、つまり末法にいのちを受けた仏教徒の反省、あるいはその時代を生きる仏教徒の奮起を促したりしました。中国仏教でこの思想が現れるのは、大体今から千五百年ほど前でありますが、末法を第三階(だいさんがい)の時代―三階教という教えがありまして、その三階教を称えた信行(しんぎよう)(中国隋代の僧。三階教の開祖:540―594)という僧侶、学僧ですね。こういう人々によってこの末法思想というものがかなり明らかになりました。のち親鸞聖人が尊敬されまいた七人の祖師と言いますね、年輩の方がおられます。その中でも中国の道綽(どうしやく)禅師(562-645)というお方、およそ千五百年ほど前の方ですが、それから善導(ぜんどう)大師(613-1212)という方、およそ千四百年ほど前の方、こういう方々が末法時代にもっとも相応しい教えというのは、浄土教のみである、こういう主張を致しました。日本では京都比叡山の横川(よかわ)というところに住みました源信僧都(げんしんそうず)(942-1017)という大変著名な『往生要集』という書物を書かれましたが、源信―およそ千年ほど前の方ですが、そして親鸞聖人の先生でありました法然(ほうねん)上人(1133-1212)も善導(ぜんどう)大師の強い影響を受けて、末法下における人間の救いの教えとしては、浄土教が第一である。こういう立場に立たれました。また浄土教以外で申しますと、みなさんよくご存知の日蓮上人(にちれんしようにん)(1222-1282)が、法華経の題目を称えることが末法という時代におけるもっとも悟りを得る有力な道であるという形で、日蓮宗という宗派をお開きになりました。このように末法思想はかなり広範囲にわたって意識されてきたということは、否定することのできないことであります。要するに結論的に申しますと、釈尊滅後の千五百年、あるいは二百年というのは、釈尊の尊い教えがもう時代が経って隠れてしまう。「白法隠滞(びやくほうおんたい)」という言葉があるんですが、尊い教えがもう隠れてしまう。この時期こそ、実は浄土念仏の教えが―法ですね―救いの道であるということを述べられるわけであります。平安時代の末期には、釈尊の入滅後、この考え方が特に流行致しまして、西暦で申しますと、一○五二年(永承(えいしよう)七年)という年ですが、この年が末法の年であるというふうに伝えられております。この年は、長谷寺(はせでら)が焼失―焼けました。あるいは武士が台頭しまして、加えて僧兵が輿(こし)を担いで町中をデモンストレーションするという、そういう状況の中で、貴族たちは大変恐怖を感じ、そして浄土教にこぞって帰依していく。そして来世ですね、後世(ごせ)の救いを願う、こういうような形になってまいります。まさにこの土を厭い極楽を願うという「厭離穢土、欣求浄土」そのものの世界であったということができます。特に申し上げたいのは、一般に末法という時代の姿は、人の心が乱れ、国土も混乱する、こういう形に捉えられています。特にこれは五つの濁り―「五濁(ごじよく)」という語によって示されています。「五濁」五つの濁った時代、それは
 
一、「劫濁(こうじよく)の時代」―時代が著しく混乱する時代。この「劫」というのは、インドでカルパ―時間のことなんです。
二、「見濁(けんじよく)」―思想、信仰が大変混乱する時代。
三、「煩悩濁(ぼんのうじよく)」―煩悩に染まる時代。百八の煩悩という人間の心を煩わせる悪感情ですね。怒り、腹立ち、こういう煩悩。私はその時代を「欲望むきだしの時代」とこういうふうに表現するんですね。つまり今日的に申しましたら、物質の豊かさ実現のために、手段を選ばないというんでしょうか、なりふり構わないという時代。それが煩悩濁という時代であると申し上げてもいいかも知れません。
四、「衆生濁(しゆじようじよく)」―人間の質が極めて低下する時代。衆生―仏教では生きとし生けるものという意味ですが、無数の生きとし生ける人々、そういう人々の濁り。つまり人間の質が極めて低下する時代とこう言ってもよろしいかも知れません。
五、「命濁(みようじよく)」―命が短くなる時代。経典などでは「寿命短小(じゆみようたんしよう)」と書いてあるんですね。私は若い頃これがよくわからなかったんです。時代が発達すれば、今長寿社会と言われますように、どんどん命が長くなるように思ったんでありますが、しかしこの「命濁」というのは、時代が進歩発展すればするほど、命の危険が多くなるということを、ひょっとしたら言い当てていたんではないかなと、私は理解をしております。
 
そういう意味で私は今まさに「五濁」末法の真っ只中ではないか。こんなことを感ずるのであります。要するに、社会も人間も混乱を極め、世の中が混沌とする時代、それが「末法」と言われるものです。親鸞聖人は多くの詩―和讃の言いますが、その中で次のように述べています。
 
五濁(ごじよく)悪時(あくじ)悪世界
濁悪(じよくあく)邪見(じやけん)の衆生には
弥陀の名号あたへてぞ
恒沙(ごうじや)の諸仏すすめたる
 
五つの濁りと悪に染まった時代の自我、あるいは自己中心的な人間たちには、阿弥陀如来の教えを与えるべきである、と、無数の仏たちがお勧めになった。
 
親鸞聖人はこういう和讃を作られております。要するに、人間の煩悩性、人間の誤り、そういうものを根底的に知らせ目覚めさせるものは、人間という相対的なものを超えた悟りを得た仏の智慧。その智慧を拠り所にして生きるということが極めて大切だ。こういう和讃であると申し上げてもよろしいかも知れません。この『御和讃』は、これは『阿弥陀経』というお経を褒め讃える五つのものの中の一つですから、当然阿弥陀如来の教えが末法という時代の人々に救いをもたらすものであることを示したものです。親鸞聖人の阿弥陀如来の教えというのは、ちょっと他の浄土教者との僧侶方とは違っていまして、臨終に諸仏、仏さま、あるいは菩薩さまのお迎えを頂くようなものとはかなり異なった、独自の浄土教の提示でした。前の章で少し触れましたが、第一通を改めて読んでまいりましょう。この手紙は、関東の念仏者の疑問に答えた手紙というよりも、むしろ教えを示した言葉―仏教では法語と言いますね―内容は臨終に落ち着いた心でお迎えを祈り、形ある仏の姿を心に念(おも)っていることと、あるいは無心に、つまり無我無心なって仏さまを念(おも)う。これらに対する議論がこの第一通のお手紙なんですね。ちょっとお手紙を読んでみましょう。
 
来迎(らいごう)は諸行往生にあり、自力の行者なるがゆゑに。臨終といふことは、諸行往生のひとにいうふべし。いまだ真実の信心をえざるがゆゑなり。また十悪(じゆうあく)。五逆(ごぎやく)の罪人のはじめて善知識にあうて、すすめらるるときにいふことなり。
 
善知識(ぜんちしき)というのは、仏教では善き人。私の人生において掛け替えのない方を、仏教では善知識という。ちょっと現代語訳してみましょう。
 
お迎えはさまざまな行を修(おさ)めて悟りを求める方々が、浄土に生まれようとする人についていうのであります。それは自力―自分の力ですね―自力の行者だからです。臨終の時に往生が定まるということは、そういう諸行往生の人についていうのであって、それはまだまだ真の信心を得ていないからです。また十悪・五逆の罪を犯した人が、臨終の時に初めて善き人に出会い、念仏を勧められる際に言うことなのです。
 
甚だ難しい文章になっておりますけれども、ここには十悪・五逆―あまり詳しく申し上げられませんが、仏教で説く「十悪」十の悪ですね。「身(からだ)」と「口(くち)」と「意(こころ)」で行う十種の悪とお考え頂いたらよろしいかと思います。殺生(殺し)、偸盗(ぬすみ)、邪淫(誤った異性関係)、妄語(うそいつわり)、両語(人を仲たがいさせる言葉)、悪口(わるくち)、綺語(まことのない言葉)、貪欲(むさぼり)、瞋恚(いかり)、愚痴(おろかさ)。
「五逆」というのは、五つの逆罪―罪ですね。仏教では「五逆罪」というのは、もっとも重罪―重い罪だと申しますのは、
 
殺父―父を殺すこと
殺母―母を殺すこと
殺羅漢―聖者、尊い方々を殺すこと
出仏身血―仏のお身体を傷つけること
破和合僧―教団の和合を破壊し分裂させること。これは五つの中でも重罪だと言われるんです。
 
こういった五つを「五逆罪」とこういうふうに言って、こういう罪を犯したものが、臨終―いまわのきわに善き人にあって往生することができるとこう示されるんであります。親鸞聖人の度々この講座でお聞き頂けます「浄土教の核心」の言いますのは、先ほどちょっと申しましたが、親鸞聖人のお手紙の中に、
 
真実信心の行人は、摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)のゆえに正定聚(しようじようじゆ)の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則(ぎそく)をまたず。
 
こういうふうにあります。これは真の阿弥陀仏の教えを聞いて人生を生き、そしてその教えを拠り所とする方は、その教えに「なるほど」という深い頷きがあったその時に、もうその場でその方の救いは決定しているのですと。従って臨終まで待つ必要もありませんし、お迎えを頼りにする必要もありません。信心が定まるその時に、救いもまた定まるのです。来迎―お迎えのための儀式を当てにする必要はありません。
これがお手紙の現代訳でありますけども、こういう形で浄土念仏を理解したのは、親鸞聖人においては―善し悪しは別にしまして―他にはないと、こう申し上げてもよろしいかと思いますね。臨終にお迎えを頂くというのは、平安浄土教の中でも一つの特色でした。例えば広く知られますのは、藤原道長(ふじわらのみちなが)が法成寺(ほうじようじ)の阿弥陀堂で「弥陀如来の御手(みて)の糸をひかえさせ給いて」つまり阿弥陀仏の御手と自分の指と五色の糸を結んで往生を遂げた。これは『栄花物語(えいがものがたり)』というところにも出てまいりますね。で、臨終を待つわけであります。こういうことがさまざまな『往生伝』というものの中に見られます。つまり臨終の時に一心不乱に念仏し、西方に向かって往生を遂げたことが『栄花物語(えいがものがたり)』などに出てまいります。親鸞聖人はこういう信仰理解のあり方を否定した方であると、こう申し上げてもよろしいかも知れません。親鸞聖人にとりましては、善き人―善知識は法然上人でありますけども、法然上人が往生の時には大変なお姿が、「紫の雲がたなびいて」なんていうことが書かれておりますけれども、その時は親鸞聖人は、念仏弾圧事件で越後(新潟)の地に流罪になっておられましたから、その場にいらっしゃらなかったんでありますけども、法然上人の最期を当時の浄土教者の往生のあり方を示したものとして、そういう言葉が見られます。しかし親鸞聖人自身は、臨終の善し悪しを問わない。臨終を待たない。信心定まる時、云々ということでありますから、これは今申しました法然上人の往生の時の形とはやや異なったものとみることもできます。仏教の方ではいろいろな教えの説き方がありますけれども、先ず一つは、「四諦八正道(したいはつしようどう)」という教えがあります。これは仏教の基本なんであります。「四諦」四つの諦―「諦」というのは「さとり」という意味なんであります。それが四つありまして、
 
一、苦諦(くたい)―生きることは苦しいことである。
一、集諦(じつたい)―苦しみには多くの原因が集まっている。
一、滅諦(めつたい)―その苦しみは私たちは滅ぼしていくべきである。
一、道諦(どうたい)―それを滅ぼすには八つの道がある。
 
こういう教えが「四諦」四つの真理。八正道の四諦という教えです。簡単に申しますと、「私は今日は身体の具合がどうも悪い」(苦諦)。「どうしてだろう。そうだ昨日夜更かししたからだ」(集諦)。「そうだ。今日は早く帰って休もう」(滅諦)。「そして休もうと思うだけでなく、ゆっくり休む」(道諦)。すると、次の日は睡眠が充分取れておりますから、気分健康を回復することができる。こういう「四つの真理」を、釈尊は最初に説かれたわけであります。「道諦」実践には八つの方法(八正道)があると示されています。
 
正見(しようけん)―かたよらないものの認識(洞察)
正思惟(しようしゆい)―かたよらないものの考え方
正語(しようご)―的確な言語の使用
正業(しようごう)―適切な行為
正命(しようみよう)―節度ある生活行動
正精進(しようしようじん)―正しい目的への歩み
正念(しようねん)―深く豊かなこころで生きる
正定(しようじよう)―一喜一憂しない落ち着き
 
八つがそこに説かれております。親鸞聖人は、この念仏というのは、一般的には、これは仏を念ずると書きますが、口で「南無阿弥陀仏」と称えることが念仏なんですけれども、親鸞聖人はちょっと独自に理解しまして、「正念すなはちこれ念仏なり」と書いているんですね。「南無阿弥陀仏」という念仏は正念である。言葉を換えて言いますと、「正念」というのは、「平常心」と言いましょうか。どんなことがあっても心を動かさない。それが「正念」ということですからね。「正念すなはちこれ念仏なり」という言葉も親鸞聖人にありますね。私は、このことをちょっと言葉を換えて申しますと、つまり「正念が南無阿弥陀仏である」ということを、私なりに申しますと、「南無阿弥陀仏の教えに生きるということは、人生の善い時も悪い時も、自惚れたり卑屈になったりもせず、自らの人生を、自らのものとして受け止める、正念に立つことができる」。実は阿弥陀如来の教えに生きる、念仏を賜るということは、こういうことなんだ、ということが、親鸞聖人の『教行信証(きようぎようしんしよう)』という大変大事な書物の中に見られます。第一通は、他にまたいろいろ大変難しい仏教上の教えをめぐる問題も出てくるんでありますけれども、そこまでちょっと深入りすることができませんが、最後にそのお手紙の終わりの方に、
 
浄土真宗は大乗の中に至極(しごく)なり
 
「至極」というのは、至るに究極の極と書いていますね。「至極」とどのつまりだ、ということでしょうかね。仏教は、奈良あるいは平安時代の南都奈良に六つの宗派(倶舎・成実・律・法相・三論・華厳の「南都六宗」)に、天台・真言を加えたもの、つまり八つの勝れたお宗旨・教えがあるのに、親鸞聖人はお手紙の中に、「浄土真宗は大乗の中の至極なり」という表現をしておられますね。ちょっとハッとするところですね。仏教には、「大乗」「小乗」という言い方がありますけども、浄土真宗の阿弥陀の教えというのは、さまざまな教えがある中の究極的な教えである、という表現がちょっと気になるところでありますけども、親鸞聖人にとりましては、そういう深い認識があったと言わざるを得ないと思うんですね。昔は、「小乗仏教」という言い方がありました。この頃はそういう言い方は致しません。「南方仏教」「上座部仏教」と言葉で表現します。昔は「小乗仏教」と「大乗仏教」でありましたけどね。「大乗仏教」と言いますのは、親鸞聖人が、「大乗の至極」と言われたのは、「大乗」というのは、「自利利他」を中心とする教え。「自利」というのは、わたしの幸せですね、「利他」あなたの幸せ。だから私の幸せだけをこととするのではない。わたしが救われるということは、あなたが救われる、ということでなければならない。宮沢賢治でありませんがね、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と言われた有名な言葉があります。まさにあれは大乗仏教の究極の教えでありますけどね。親鸞聖人が、「大乗の至極」と言われたその言葉の意味を、少し私たちは深く考えておく必要があると思うんです。しばしば言われることですが、関東の飢饉や伝染病で苦しみ悲しんでいる人々に対して、親鸞聖人は、「念仏者の私が何ができるか。そうだ。お経を読んでそういう人を救おうと思った。でも数日して、それは間違いであったとして、お止めになった」という、奥様のお手紙があります。私はそれは「お止めになった」ということでなくて、困窮している人々を見た時に、「私に何ができるかと思われた」という、私はその心を、私は追体験したいと思いますし、それが実は「親鸞聖人の教えとともに生きる」ということに、私は繋がっていくんではないか。私は曹洞宗の奈良康明(ならこうめい)(仏教学者、曹洞宗の僧侶、駒澤大学元総長、名誉教授(文学博士、東京大学)。法清寺東堂。永平寺西堂:1929-)先生によく研究会でご一緒致しますが、先生がいつも道元禅師の「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」。どういうことかというと、「己渡らざる先に、先ず人を渡す(救う)」。だから自分が幸せになる前に、先ず人を幸せにする。これは言葉では簡単ですけども、とても私たちには難しいことでありますね。これは道元さんのお言葉であります。「自己よりも他を先ず救う」これが言ってみたら、「利他心」というものの究極であると、こういうふうに申し上げてもいいかも知れません。そういう意味で私たちは、純粋な利他行というのは、人様の幸せ。親鸞聖人は、人間が人間を救うことはできない。その無力感の中から、それが可能になる世界がどこにあるか。それは真理を悟った仏の世界である。だから「利他」というのは、どちらかというと、これは悟りを得られた方の実践することのできる世界であるということがあります。でも私は、利他でなく、「利他性」と言いたいですが、そういう「利他性」を、私たちはこれは「対他性」他人に対するとか、「社会性」といったような形で、私は利他性を発揮することが、仏教に生きる者の大事な問題ではなかろうか。今申しました、「今の私に何ができるか」。今、世界はほんとに混沌としております。世界全体が混沌としている中に、少なくとも仏の智慧を拠り所としようとしている私たちは、出来るところから、やはり身体を動かして、それが仏教の私は利他ということだろうと思います。親鸞聖人が、「浄土真宗は大乗の中の至極なり」仏教中の真髄である、究極である、と言われた言葉を考えますに、それは「出来るところから利他性を発揮して生きていくべきであります」という、私は親鸞聖人のメッセージであると思っております。今日はここで終わらせて頂きます。お聞き頂きまして、有り難うございました。
 
     これは、平成二十七年六月十四日に、NHKラジオ第二の
     「宗教の時間」で放送されたものである