高見山(1249m)
             2010/1/20

「山歩き」の会の「高見山」登山である
橿原神宮前駅を8時にバスで出発する。
樹氷を見たいなと思っていたのだが、この2,3日三月の陽気だというほど、
暖かい日が続いている。少しの期待を持ってバスに乗ったのだが・・・・・

今日のコースは高見山までの往復である。

8.58分 高見登山口に到着。
雪のかけらの見あたらない。これでは樹氷なんて見られないな、とあきらめの気持となる。
 
9.15分 準備体操を終えて出発。
この右手に「山の神」と呼ばれる祠があり、見て登る。
 
9.21分 「旧伊勢南街道」の案内板ある。
かつて紀州侯の参勤交代に利用されたことから紀州街道とも呼ばれたという。
看板には、
又の名を紀州街道とも云う。紀州、大和、伊勢を結ぶ塩の道、米の道、魚の道の
交易路であり、かつては伊勢参宮の道であり、又紀州徳川家が江戸参勤交代に
この街道を利用した。特に夏季は大峰山、年末は年越え参りでさかえた。」

と書かれてある。
石畳の道が面影を残している
 
9.33分 「撞木松」の看板ある
「昔より此の名あり、形撞木に似たる為か往復(ゆきき)旅人が誰ゆうとなく語り伝へしものなり」
と書かれている
 
遠くの稜線を眺めても雪はほとんど見られない。
高見の山頂も雪はあまりないのかな、と思わせる。

9.46分 「古市」の看板あり
紀州、大和、伊勢の人々が集まり米、塩、魚、その他の市がたったと伝う処
と書かれている。
  
9.59分 「雲母曲」の道標ある
 
10.14分 「小峠」に到着し、休憩。
  
10.24分 休憩を終えて出発する。鳥居のある石段を登る
 
かなり急な登りが続く


 
10.41分 「乳岩」の看板あり
 
10.43分 平野道分岐点に到着し、休憩。


  
11.05分 雪道となるので、ここでアイゼンを付ける。

11/12分 「国見岩」の看板あり
神代の昔 神武天皇 熊野伊勢を経て高見山を踏破この峻岩を天皇自らよじ登り四方展望 兄猾の根拠地、宇陀を眼下に見下ろし又遠く男坂女坂墨坂方面の長髄彦等の敵情視察なし第一回の軍議評定し処なり
と書かれている
  
11.14分 「息子岩」の看板あり
左約100m 沢の処にあり。此処より小石を投げてこの岩に命中すれば男子授かるとのこと
と書かれている
もう無関心に黙々と通り過ぎている

11.17分 「揺岩」の看板あり
「多武峰 大職冠 藤原鎌足公」と三度唱えれば揺るぎだしたと伝う
と書かれている
 

 
11.30分 「笛吹岩」の看板あり。ここで休憩。
高見山の開祖聖人が月夜にこの岩頭にて笛を吹けば両谷より雄雌大蛇が駆け上がり笛の音を陶然として聞き入ったと伝う
と書かれている
 

 
11.42分 展望台兼避難小屋に到着する。小屋の中に入り、昼食する。
  
山頂は避難小屋からすぐ目の前にある。
山頂には高角(たかつの)神社があり、神武天皇東征の案内をしたという八咫烏賀茂建角身命(やたがらすかもたけのみのみこと)が祀られているという。
 
山頂からの山上ヶ岳、大普賢岳などの大峯山系を望まれる







12.09分 山頂で記念写真を撮って、下山開始

13.05分 再び小峠に到着し、休憩。
 
13.49分 再び高見登山口に到着する。 

待機のバスに乗り、
「姫石温泉」に移動する。

「姫石温泉」に着き、温泉に入る。
冷えた身体にはこの温泉の湯が最高である。
今日は期待していた樹氷の素晴らしい景色は見られなかったのが残念である
しかし、温泉に入って残念な心が癒される思いであった。
入浴後、簡単な新年会となる

今日も無事に歩けたことに感謝する

       ― おわり ―