綿向山(1,110m)
                 2010/2/17

「山歩き」の会の「綿向山」の登山である。
7.70分 近鉄天理駅をバスで出発する。

9時にバスの窓越しに雪が降っているのが見られる。屋根や田畑にうっすら雪が積もり始めている。
天理を出発するときは雪が降るような天気には想像できなかったのだが・・・・
9.15分 西明寺口バス停に着く。黄色いバスが停まっている。
別のグループの綿向山への山歩きのバスである。
雪は止んでいるが、先ほど降っていた雪でうっすら白くなっている。
 
準備体操を終えて、9.38分出発する。
 
今日のコースは、西明寺口から綿向山の往復である。

4分ほど歩いて御幸橋を渡ったところに駐車場があるが、
登山客の車が3台と、これから登るパーティーの姿が見られる。
晴れていれば、左手に見える山が竜王山と、歩く正面に綿向山が見られるのだが、今日は雲に覆われている。
   
西明寺川沿いに歩いて行くと、
夫婦松」と書かれた標識がある。標識には、
水木野の風と清流が縁結びクロマツとアカマツの妙なる陰陽の世界」とある。
もう枯れかかっている。
  
さらに進むと、「天然記念物 綿向山麓の接触変質地帯」と書かれた説明板が立てられている。ここには次のように書かれている。
綿向山西麓の登山口である水木野谷のこの付近の岩石は、接触変質岩の地帯である。数億年前の古生代に形成された秩父古生層中の石灰岩が、噴出した花崗岩と接触し、その地熱の影響によって極めて著しい変質作用を受け、いわゆる変質岩となった地域である。石灰岩のほとんどすべてが大理石に変化し、その中に珪灰岩、ベスーブ岩、ヘンデンベルグ輝岩、柘榴石などのいわゆる接触鉱物が混じってみられる。大理石の暑さは少なくとも十メートル以上である。接触変質岩の河川に面した部分は、夢図による浸食作用を受けて、著しい凸凹が生じ、石灰岩系独特の形状を造っている。なお、その接触作用を受けた時に、岩層に断層が生じたらしく、東南方向に当たる熊野谷の一部、更に野洲川水系の白倉谷の一部にも同類の岩石が分布している。   平成五年三月 滋賀県教育委員会
 
10.01分 「ヒミズ谷出合小屋」に着く。休憩。標識には、「表参道登山口 ここは標高460m 頂上まで4300m」と書かれている。
5分ほど休憩の後、出発。
  
今朝ほど積もった雪で滑りやすい。
10.19分 アイゼンを付ける。
  
10.33分 一合目に着く。標識には、「一合目 ここは標高 545m 頂上まで3720m」とある。歩く目安になるので良いな、と思う。
10.48分 二合目に着く。標識には「二合目 ここは標高 640m 頂上まで3150m」とある。
  
10.59分 三合目に着く。「ここは標高 700m 頂上まで2740m」。
今朝の雪で木々の葉にうっすら積もった雪はまるで桜の花が咲いているような見事な光景である。
  
11.4分 「あざみ小舎」に到着し、休憩。
 
11.17分 四合目に到着。「ここは標高 760m 頂上まで2310m」である。
11.27分 「五合目小屋」に到着する。「ここは標高830m 頂上まで1870m」である。
小屋の入り口に「夢咲の鐘」と書かれた鐘が吊されている。
「五合目小屋と夢咲の鐘」と書かれた表示板がある。ここには、
五合目小屋の前身は、綿向生産組合の作業小屋として建てられていましたが、そこに表参道コースとして登山道が通っていたことから、昭和53年に、日野町西大路の青年会「西大路ユースクラブ」が若い力を結集し、山小屋として改築しました。
その小屋も、永年の風雪によって老朽化が激しく、このまま看過することは出来ないと、平成16年に綿向山を愛する会が、会員によるボランティアで改修することにしました。
改修するに当たっては、安全登山への祈りと、ふるさとの綿向山を愛し、守っていこうと山小屋の建設に賭けた若者たちの夢を、さらに次の世代へと咲き継いでいただくことを希って「夢咲(ゆめさき)の鐘」と名付けた鐘を、五合目小屋に取り付けることにしました。
「夢咲の鐘」という名は、綿向山を訪れる人たちの、さまざまな山への想いや、それぞれの夢が、鐘の響きに乗せて、咲き叶えられたらどんなに素晴らしいだろうという思いも込められています。 平成16年10月11日 綿向山を愛する会


ここから正面に比叡山、左手に琵琶湖が広がっているのだが、この写真では判別できないのが残念・・・・・

休憩の後、11.30分 出発する。
  
登るに連れて、すばらしい霧氷が見られるようになってきた。
  

 
11.46分 六合目に到着。「ここは標高890m、頂上まで1460m」である。
11.49分 七合目に到着し、休憩。「ここは標高930m 頂上まで1160m」である。
ここには「行者コバ」と呼ばれる行者堂が安置されている。
「行者コバ」の説明板には次のように書かれている。
ここは綿向山七合目であり、古くより行者コバと呼ばれ行者堂がまつられている。明治期に現在の登山道が開かれるまでは、この尾根の北の谷であるタカオチ谷を登ってこの行者コバへ取りついた。中世の昔の綿向山は聖なる霊山であり、多くの山伏が修行のために入山をし、この尾根へ登って服装などを整える儀礼を行った場所であるところからこの名が生まれた。なお、この付近はブナの原生林で植生上貴重な存在でもある。
             日野観光協会・西大路公民館

   
祠の左には「役の行者」、右に「不動明王」が安置されている。「沿革」として次のように記されている。
嶽山の名称と共に綿向山霊峰、神の山として古来より信仰の源とされ、先人修験者の道場としてされて来た。ここ七合目の山伏小屋の名称を止める地に戦後間もなく日野町に於ける信仰深き有志に依り行者尊を安置された後、約二十年前に修復整備がなされ、以来、今日に至る。
この度、全日野町に於ける信仰に心厚き有志に依り再建整備を計画し、広く町内各位の尊い浄財を得て、既設の整備と新たに露坐の「役の行者」「不動明王」を安置し、爾後の日野町の発展と住民の無事息災を記念するものである。
            平成六年十一月二十七日     日野綿向行者尊再建委員会

不動明王のお顔にも剣にも、霧氷がトゲのようにへばりついている。
  
「冬期ルート」の標識がかかっている。冬場は尾根を真っ直ぐに進むことになる。
  

 


12.20分 竜王山と雨乞岳への分岐点に到着する。
  
「冬期ルート」の標識がかかっている。冬場は尾根を真っ直ぐに進むことになる。
従って、ルートをはずれてしますので、「八合目」「九合目」の標識は見られなかった。
 
12.20分 綿向山山頂に到着。雪はさほど多くはない。ここで昼食する。
   
晴れていれば、目の前に雨乞岳が見られるのだが・・・・雲がかかって見られない。

12.41分 記念写真を撮って下山開始する。


 

  





  

 
13.36分 再び「あざみ小舎」に到着し、休憩。
 
11.35分 バス駐車場に到着。
これで今日の山歩きは無事終了である。お疲れさ〜ん!

帰りの途中で、ローソンに寄り道したのだが、その時、綿向山がきれいに見えている。
今朝ほどは全く見えなかったのだが、雪がうっすら積もって素晴らしい光景である。ズームでパチリ!!


           ― おわり ―